大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成9年(行ツ)38号 判決 2000年9月12日

上告人

《甲1》

上告人

《甲2》

右両名訴訟代理人弁護士

前田幸男

被上告人

平塚税務署長 《乙1》

被上告人

鎌倉税務署長 《乙2》

右両名指定代理人

渡邊昇

右当事者間の東京高等裁判所平成八年(行コ)第三七号更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成八年一〇月三〇日に言い渡した判決に対し、上告人らから上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人前田幸男の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、本件土地建物の転売によって生じた譲渡益が租税特別措置法(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの。以下同じ。)三二条に規定する分離課税の短期譲渡所得に該当するとし、本件土地建物の転売が同法三五条一項の居住用財産の譲渡に該当しないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないで原審の右判断における法令の解釈適用の誤りをいうものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥田昌道 裁判官 千種秀夫 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)

上告代理人前田幸男の上告理由

第一 判決に影響を及ぼす事実誤認、理由不備、法律解釈の誤り

一、原審は、坪当り一三〇万円と坪当り九〇万円の差について、「なお、本件において控訴人《甲1》のAからの取得価格と藤産業への転売価格に差があることは前記の通りであるが、土地は、他の大量生産の商品とは異なり(このような商品でさえ一物一価は貫徹されていない。)、個性があるものであり、その取引価格は、当事者の力関係、おもわく等によって著しく変動する(そのことの故にいわゆる「土地転がし」の現象が生ずる。)。右程度の価格の差をもって直ちに借家権価格の存在を裏付けるものといえないことは明らかである。したがって、控訴人らの主張は、まずこの点において理由がない。」と述べて、その差のよって生じた理由について全く重要視していない。

原審は「取引価格は、当事者の力関係、おもわくによって著しく変動する」と述べているが、具体的に本件のケースでは誰と誰とのどういう力関係、おもわくによって具体的にどのように差が生じたのかは認定せず、漠然とそのような抽象論でもって処理してその程度の差では借家権価格の存在を裏付けるものではないなどと決めつけている。

しかしながら、上告人《甲1》が借家権を有していたことは厳然たる事実であり、誰の目にもその差が生じた理由は、借家権の存在に由来するものであることは明らかである。その差がそのまま借家権価格に相当するかはともかく、少くともその差の大部分は借家権価格に相当することは、ごく自然な理解であり、疑いを容れない。これは判決に影響を及ぼす事実誤認もしくは理由不備の違法がある。

二、原審は、借家権の性質について「しかし、借家権(建物賃貸借上の賃借人の権利)が税法上の資産として扱われることがあるにしても、そのことは一般的に承認されているわけではない(たとえば居住用借家権は相続税課税の対象となる財産とされることはない。)。そもそも借家権には借地権のように譲渡についての裁判所の許可手続がなく、当事者間に特約があるような場合を除き法的に譲渡性を欠き、その換価性は認められない(強制執行における責任財産となることもない。)。店舗等の営業用借家の譲渡の実態も、什器備品類やのれんあるいは場所的利益をも考慮して取引が行われているのであって、純粋な借家権そのものが取引の対象になっているものとは認め難い(いわゆる立退料なるものは、家主からの解約申入れにおける正当事由の補完として、借家権の対価として支払われるというよりも、立退・移転によって生ずる借家人の損失の補償の性格が強いと解すべきである。)。したがって、税法上の借家権の資産としての取扱いも、借地権のように一般的な取扱いをするというわけにはいかず、借地人が底地を買い取ってその土地を他に売却した場合の所得税基本通達三三―一〇の取扱いを借家についても適用することが相当とはいえない。」と述べている。

しかしながら、上告人らが第一審から一貫して主張してきたように、借家法上借家人は所有者の承諾なく借家権を譲渡または転貸することはできないが、目的物の引渡を受けた後はその後の物権取得者にも対抗でき(借家法一条)、更新の拒絶や解約も所有者に自己使用などの正当な理由がない限り許されず(同法一条の二)、更に法的更新、解約申入期間の制限、造作買取請求権等により、借家人の側に債務不履行などのない限り事実上自らの必要な期間賃借を継続できる。また、賃料についても強く規制され、裁判所の監督が行われているため、長期に亘り継続されている家屋の賃料は新しく開始された家屋賃貸借の賃料より通常は低額である。これらの結果、所有者は借家人を立退かせることなく家屋を処分することは困難であり、処分するとしても通常の取引価格に比べて著しく低いものとならざるを得ず、所有者はこのように低価格のまま処分するか、借家人に立退料を支払って空家としたうえで処分することとなる。(仮に、Aが本件土地、建物を売却しようとするときは、《甲1》の借家権が付着している分低額とならざるを得ない)賃貸家屋の所有者のこのような空家との差損はいうまでもなく借家権の存在により生じているものである。他方、借家人も長期に居住を継続することにより新たに家屋を借り受ける際に必要な多額な資金と、より高額な賃料の支払を免れているのであって、この利益もその借家権から生じている。更に借家人が当該家屋を所有者から買受けるについては、他の第三者より有利な地位と条件で買受けることができるし、立退く際には立退料の交付を受けることができる。借家権が借家人にもたらすこの経済的利益は借家権が一種の資産であることにあり、この借家人の買入価格と一般の取引価格との差額や立退料が資産たる借家権の価値である。この意味で借家権消滅の対価たる立退料と、借家人が買受人であるときの一般取引価格との差額は、理論的・経済的には同一物である。立退料については判例上も課税上も借家権消滅の対価、すなわち譲渡所得であるとして取扱われているが、本件では、買取契約と転売契約とが同一日に行われており、移転登記は中間省路の方法でなされ、日ならずして原告は本件建物から立退いていることなどして、外形的にも本件土地は原所有者Aから藤産業に譲渡され、賃借人たる原告が立退料を得て立退いたのと択ぶところはない。従って、原告の得た差益は立退料と全く同じ性質を有するものであり、借家権消滅の対価として譲渡所得とすべきである。

なお、所得税基本通達三三―一は「譲渡所得の基因となる資産とは、法第三三条第二項各号に規定する資産及び金銭債権以外の一切の資産をいい、当該資産には、借家権又は行政官庁の許可、認可、割当て等により発生した事実上の権利も含まれる。」と定めており、原審はこれとも真向うから対立する考え方となっている。

原審における借家権に関する解釈は、重大な誤りであり、判決に影響を及ぼすことは明らかである。

三、原審は、措置法三五条一項居住用財産の譲渡所得の特別控除に関する解釈適用を誤っている。

(一)原審は、「措置法三五条一項の居住用財産の譲渡所得に対する特別控除の制度は、居住用財産を譲渡する場合には、新たな居住用資産を購入することが通常であるところから、旧資産の譲渡所得への課税免除により新資産の購入に際し、旧資産と同程度、同規模のものを購入できるように保証するという趣旨で設けられたものということができる。したがって、右趣旨及び同条が連年の適用を制限していること(原告らの主張する要件〔3〕)を併せ考えれば、同条一項にいう「個人がその居住の用に供している家屋」に該当するためには、当該家屋を、真に居住の意思をもって、ある程度の期間継続して生活の本拠とするとともに、相当の期間その家屋の所有者であったことが必要というべきである。」と右規定について解釈を示している。

しかしながら、右は、以下に述べるとおり、措置法三五条一項の解釈を誤って適用したものであり、原審判決は取消しを免がれない。

国税庁広報課長監修財団法人大蔵財務協会発行の「やさしい譲渡所得」(昭和六二年版七三頁以下、甲四三号証)によれば、「自分が住んでいる居住用財産を譲渡した場合の三〇〇〇万円控除の特例」として次のように解説している。

「自分が住んでいる家屋やその敷地を生計を一にする親族や同族会社など特別に関係がない相手方に譲渡した場合には、家屋やその敷地の所有期間の長短を問わず、その譲渡所得から三〇〇〇万円の特別控除が差し引かれます。しかし、この特例や居住用財産の買換え、居住用財産の交換の特例の適用を受けた年の翌年と翌々年は適用されません。」

ここには、「所有期間の長短を問わず」とはっきりと記されている。即ち、原審判決の言うような「相当の期間その家屋の所有者であったことが必要」というのは誤りである。

また、右「やさしい譲渡所得(七六頁)」によれば「この特例が三年に一回というように制限されたのは、たとえば、貸家を数軒所有している人が、まず自分の住宅を売って三〇〇〇万円控除の特例の適用を受け、貸家に住み替えたのち、翌年になってまたその貸家を売って三〇〇〇万円控除を適用し、さらに別の貸家に移るといった悪利用を防ぐために設けられているものです。」と解説されており、連年の適用を制限していることから、所有期間が相当の期間必要というような理解は誤りであることが分る。

(二)つぎに、原審は「原告らが本件建物の所有者として居住していたのはわずかに三日であるばかりか、原告《甲1》の当初の計画では所有権を取得すると同時に転売する予定であり、所有者であった三日間についても、原告らの引っ越しの都合から居住したにすぎないものと認められるから、本件土地建物について控訴人らがこれを生活の本拠として継続して使用する意思をもたず、一時的な使用をしたに過ぎなかったことは明らかでその譲渡が、措置法三五条一項にいう居住用財産の譲渡に当たるとは到底いえない。」

右についても、上告人らは、本件建物を昭和五二年一一月、賃借して以来昭和六二年二月まで九年余にわたり生活の本拠として居住してきたものであり、確かにAからは転売を目的として買い取ったものではあるが、これを転売先の藤産業に明け渡すまでは生活の本拠として居住してきたものである。しかるに原審は、この上告人らが九年余にわたり生活の本拠として居住し使用してきた事実を全く無視してしまっている。

長期間にわたり家屋を賃借して生活の本拠として使用してきたものが、その敷地及び家屋を転売を目的として買い取り転売した場合にも、措置法三五条一項の適用を認めるべきである。そうでなければ、例えば借家人がその家屋及び敷地を継続して使用する意思で買い取り、数日間乃至一日でも生活の本拠として居住したのち転売の意思を生じて転売した場合には右規定の適用があるであろうが、それと比較して著しく不公平な結果となるからである。

敷衍すれば、原審は生活の本拠として継続して使用する意思をもたず、一時的な使用に過ぎなかったことを理由として適用を排斥しているが、これはまったくそこに居住していなかった者についてはあてはまるが、本件のケースのように約一〇年にわたり、家屋を賃借してそこを生活の本拠としてきた者については不当な解釈であり、結果の妥当性は何もない。Aより買い取った瞬間、それが転売を目的として買い取った以上、それまでの生活の本拠として長期間使用してきた事実は消えてしまうという解釈は、甚しく不当である。借家を敷地とともに買い取り、これを即時に転売した場合にも、原審の言うとおり、本制度の趣旨である居住用財産を譲渡する場合には、新たな居住用資産を購入することが通常であるから、旧資産の譲渡所得への課税免除により新資産の購入に際し、旧資産と同程度、同規模のものを購入できるように保証するという趣旨は、本件にもあてはまるものである。

第二、原審判決は、憲法一四条一員、二九条、八四条に違反する。

「税負担は国民の間に担税力に即して公平に配分されなければならず、各種の租税法律関係において国民は平等に取り扱われなければならない(租税公平主義、租税平等主義)。これは、近代法の基本原理である平等原則の課税の分野における現われであり、直接には憲法一四条一項の命ずるところであるが、内容的には、「担税力に即した課税」と租税の「公平」ないし「中立性」を要請するものである。」(金子租税法第四版八一頁)。本件差益の性質について、被告らの主張しているように借家権というものを考慮せずに単なる資産の短期譲渡所得として課税するということは、原告らが長年賃借し居住してきた家屋の借家権を消滅させて譲渡したという事実を無視するものであって、その取引の実質が立退料と変わらないのに(本件土地は現所有者Aから藤産業に譲渡され、賃借人たる原告が立退料を得て立退いたのと択ぶところはない。)、立退料としての担税力以上に過酷な課税をするもので右租税公平主義に反し、憲法一四条一項にも反するものである。

さらに、原審判決は、原告らの本件差益は借家権消滅の対価即ち立退料相当のものであって長期譲渡所得とされるべきであるとの主張を排斥し、かつ、前記措置法三五条一項の適用をも排斥している。これでは、原告らがそこに長期間居住してきた事実は、本件の課税には何ら影響を及ぼさないという理解であり、これでは、原告らが全く居住していない土地建物を購入して転売したのと変るところはないのである。事柄の本質に根ざした課税とは到底言えない。即ち原審は、租税法律主義(憲法八四条)、法の下の平等(同一四条)、財産権の保障(同二九条)の基本原則に反する余りにも無謀過酷な課税を容認するもので、憲法のこれらの条項に抵触する。

第三、判例違反

本件と同様のケースである京都地方裁判所昭和五六年七月一七日判決(昭和五五年(行ク)第一号所得税更正処分取消請求事件、甲三六号証)は、借家権消滅の対価として所得税法三三条一項を適用している。原審判断は、右判例に明らかに違反している。

上告人らは、第一審以来右判例を挙げて、本件と右判例のケースとが酷似しており、同一の結果となるべきであると主張してきたが、原審はこれに対する判断を示さず、正反対の結果となっている。ことに、借家についても、基本通達三三―一〇と同様の取扱いをすべきか否かは、原審と右京都地裁判決とでは正反対の結果となっている。

右京都地裁判決は、次のように述べている。

「譲渡所得は資産の「譲渡」による所得であるから、本件差益が資産の対価たる性質を有することが必要である。譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを生産して課税する趣旨のものと解すべきであるから、右にいう「譲渡」には、売買等により資産が他に移転する場合のみならず、権利放棄等により資産が消滅する場合をも含むものと解するのが相当である。

ところで、本件においては、借家権は混同によって消滅したが、この時点を把えて、譲渡所得にいう資産の譲渡があったといえるかが問題となる。資産の消滅による対価とは、金銭の支払等を受けた場合に限られるものでなく、時価より低廉で買受けた場合もこれによる差益は対価といいうるから、借家人がその有する借家権のために、時価より土地建物を低廉に買受け、借家権が混同によって消滅した場合も、その時価との差益をもって借家権消滅の対価とみる余地もありうる。・・・・借地権等について所得税基本通達三三―一〇は、「借地権その他の土地の上に存する権利を有する者が底地(当該権利の設定されている土地をいう。)を取得した場合には、その土地の取得の日は、当該底地に相当する部分とその他の部分とを各別に判定するものとする。底地を有する者がその土地の上に存する権利を取得した場合も、同様とする。」とし、その取得日を借地権相当部分と底地相当部分とに別個に判定するとしており、資産たる借地権の保有期間についての課税上の利益を調整する取扱いが税務上行なわれている。これは、土地の譲渡の時点を把えて借地権相当部分の譲渡があったということを前提にするものといえるが、右に検討したところによっても、このような取扱いが不合理なものであるとする理由は見当らない。そして、前述したように資産としての性質を有する借家権についても、これと異なる取扱いをする合理的な理由はないといわねばならず、借家人が土地建物を所得して混同によって借家権が消滅した時点でなく、取得した土地建物を他に譲渡した時点で、借家権相当部分について譲渡所得が発生したとみるのが相当というべきである。」

原審は右判例について全く触れず、単に被上告人が控訴審において「しかしながら、右京都地裁の判決は、売主である家主と買主である借家人が、売買金額の決定に当たり、借家人の有する借家権の存在及び金額を売買当事者双方が合意したものと認定した上で、原告が得た転売益を借家権の譲渡の対価としたものである。

一方、本件においては、前記1で述べたように、本件売買契約における売主であるAと買主である控訴人らの間に借家権についての何らの合意もないのであるから、本件は、右京都地裁の事件とは、その前提となる事実を異にしており、右京都地裁判決の判断内容を理由として、本件における原審の判断を非難する控訴人らの主張は、その前提を欠き失当というほかはない。」と反論しているのみである。

本件ケースにおいて、客観的に借家権が存在したことは間違いのない事実であり、《甲1》、Aの両当事者間において、その借家権価格をいくらとみるかの合意がなされなかったといえども、課税に際して、客観的な借家権価額を測定することは十分可能なのである。したがって、事柄の実質に鑑みてその差益を借家権価格と認定することは極めて自然かつ合理的というべきである。両当事者間において借家権価格をいくらとするかの合意がなされていないことから、これを否定してしまうのは、実質に則した課税とはいえないのである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例